街の断片、記憶の断片
2008年11月14日 18:26 - cityside (life)
ここ2ヶ月ほど忙しくしていて、街に出る暇がなかった。そして、久しぶりに通りを歩いたら、様相が違っていた。
伊東屋の「メルシー券」が電子化されて無くなるという。慌てて15年来貯め込んできたものを数えたら23470円分あった。「メルシー券」らしいものに換えたいが、何がいいだろう。1900年創業の西麻布のフランス料理店「龍土軒」がベニヤ板で覆われていた。2年後に再開発ビルのなかで再開予定と聞いた。「KINOKUNIYA international」は、すでにリニューアルオープンしていた。住めば都で、外苑前の仮店舗にもいくつかのエピソードが蓄積していた。南青山6丁目で30年の歴史を重ねたフランス料理店「志度」が業態を変えたことは手紙で知っていたし、国連大学の隣りのヌーベルキュイジーヌ「ブノワ」が短かった営業期間を終えたことは仕事の上で知っていた。僕の色彩の教科書と言っていい「ミッソーニ」の路面店がリニューアルしたこともダイレクトメールで知っていた。そういえば、神宮前の火薬爆発事故の目撃者と隣り合わせになった。
有形無形を問わず都市の大きなフレームの変化は、職業柄、事前に知っていることがほとんどだが、都市を構成するひとつ一つの要素も、また「都市」であり、それこそが「生活」であることは言うまでもない。それは2ヶ月もすれば変わってしまうものなのかもしれないが、だからこそ愛おしい。
さて、現状の僕は、語弊を恐れずに大げさに言うならば、儚さや弱さに潜む暴力性ではなく、熱意や視野の広さにもとづく暴力性を持つことを選んで生きていると言えなくもない。公共性(「都市」)に携わるとは、そういうことだ。覚悟の上ではあるけれど、そのことに時として傷つく。なにしろ、一方では「メルシー券」などを愛しているわけだから。個々のディテール(儚いもの、微かなもの、弱いもの)だけを追って生きられるとしたら、どんなに幸せなことだろう。しかしそうはいかないのだから、一生懸命やることで両者の距離を縮める、というか有機的な相互関係を社会的に築いてゆくしかない。一見してそうと解られないプロセスだったとしても、公共(「都市」)におけるディテールとはそういう積み重ねの上にしか成立しない。(あるいは、そうした遠心力と求心力の間で揺れ動くような当事者意識の集合こそが公共性を形作ると言い換えてもいいのではないか。)
「その知性が第一級かどうかを判定する基準は、相反するふたつのことを同時に思考して、なおかつまともに働くかどうかということである。」(F・スコット・フィッツジェラルド『崩壊』より、「第一級の知性」とは言い難い僕が、度々引用するセンテンスだ。)
H.



