多摩川アートラインプロジェクト2007を振り返って
2008年7月 2日 09:33 - cityside - creationside - publiccomments (urbandesign)
以下、書籍『多摩川アートラインプロジェクト2007』より抜粋。
『アートラインウイークを終えた12月のある晴れた朝、私は、多摩川台公園の階段を上り、多摩川を見渡せる高台に立っていました。公園のペイヴメントにくっきりと影を落とした桜の樹にもちろん花芽はなく、幹の根元を歩くと霜柱がザクザクと砕けて光る。春になるまでは下草がないかわりに一面の笹の葉が風が吹く度にサーっと音を立ててそよぎ、その笹の葉越しに横たわる多摩川は、まるでそれ自体が巨大な銀色の魚であり、さざ波が鱗であるかのように河口である羽田へと向かう。そんな風景を見るともなしに見ていたら、すべてはこのままなのではないか、このままでいいのではないかという感慨が押し寄せて来ました。しかし同時に、私は次のことも考えました。世界にはこのままにしていいものなど何一つなく、本質を失わないことと現況を放置することの間には大きな隔たりがあるという認識を、だからこそ忘れてはならない、と。
伝統社会の崩壊、経済的社会的な流動化の高まり、環境問題等に代表される世界規模での巨大な社会変化を向かえている現在、行政や大企業にみる従来の枠組みによって解決出来る問題は極めて限られています。これからは、複雑な相互依存の中でお互いに何が出来るかということを真摯に辛抱強く模索する必要があります。況して、2010年に羽田空港の国際ターミナルがオープンし、アジアのゲートとなる多摩川下流域において、そのことは責務と言えるのではないでしょうか。そんな思いから、多摩川アートラインプロジェクトはスタートしました。
多摩川アートラインプロジェクトは、多摩川下流域エリアの鉄道(アートライン)・駅(アートステーション)・街(アートタウン)を舞台に市民と企業と行政で取り組む現代アートによる街づくりの活動です。具体的には、2007年から2009年までの3年間の毎年、上半期に企画発表のシンポジウムを、下半期にアートラインウイークと題したイベント期間を設け、公共スペースへのパブリックアートの設置、ワークショップやコンサート等の様々なイベントの開催や作品の制作過程を通じて、現代アートを媒体に文化・産業・歴史・風景・人々をつなぎ、グルーバルかつローカルな公共性の創出を目指します。
その実施初年度となった2007年は、国内外で活躍する16組の現代アーティストによる22作品を東急多摩川線全7駅(多摩川・沼部・鵜の木・下丸子・武蔵新田・矢口渡・蒲田)の駅舎をはじめとした公共スペースに設置し(既存の駅舎への大掛かりなパブリックアートの設置は恐らく日本で初めての試みでした)、併せて、公園や神社や商店街で数多くのイベントを開催しました。また、22作品中の15作品は常設が認められ、現在でも1日平均25万人の人々の目を潤しています。さらに、こうした成果を受けた2008年は、よりグローバルでローカルな地域づくりに取り組むべく、一方では学校・公園・商店街・町工場等と連携したプログラムを充実させ、教育や産業振興へのいっそうのコミットメントを図ること、もう一方では羽田空港ターミナルや京急空港線との連携を模索するとともに、ソウル・北京をはじめとするアジア諸都市の国際的なギャラリーエリアやアーティストと双方向的な事業を展開することを計画しています。
本書籍は、以上のような活動の中から、2007年の実績を作品集という形式でまとめたものです。掲載されたアートワークは、いずれも与条件の中で私たちが最善を尽くした結果であり、子どものようなものですが、だからと言ってそれが唯一の答えであるというわけではありません(もしかしたら、答えですらなく問いなのかもしれません)。批判でも賛同でも構いません、一人でも多くの人がポジティブな姿勢で公共へと参画する切っ掛けになれば、またそうした場としてこのプロジェクトが一人一人の市民のものになればと願うばかりです。民間主導による非営利の国際的なパブリックアートの活動は都市部での事例が少なく、まだまだ乗り越えなければならない課題は山積みですが、日本では極めて希薄な「公」と「私」を媒介する中間領域の形成と、それを対話の場とした未来開拓的な共同産出への先の長い積み重ねの一つの礎、ささやかだけれど心躍る挑戦になればと希望しています。そして先ずは、街角に手紙のように置かれたパブリックアートの前に立ち、希望にも似たものを感じて頂けるとしたら(何かを分かち合うことがパブリックアートの古来からの役割ですから)、それに勝る喜びはありません。
末尾に月並みではありますが、2007年の多摩川アートラインプロジェクトにそれぞれのかたちで関わって下さった多種多様の沢山の方々、好むと好まざるとに関わらず常設のパブリックアートを日々の生活の片隅に置いて下さっている方々、この書籍を手に取って下さった方々に、心からの感謝を申し上げます。 2008年早春、オフィスにて 主催者事務局長 田中裕人』



