JBAN 12th Convention in Yokohama
2008年7月 2日 12:47 - creationside (art)
ジャパン・バルーン・アーティスツ・ネットワーク主催による年に1度のバルーン・デコレーションの祭典「JBAN Convention」が横浜港の大桟橋で行われ、その「Final Party」(コンテスト授賞式)にご招待を受けた。12回目を向かえた今開催の総合テーマは「Treasure Island」、コンテストのテーマは「海」。それに沿って、商談ブースの開設、セミナーの開催、6部門のコンテスト等が行われた。
バルーンは、フラワー・アレンジメントや他の造作に比べて、安価で空間を彩ることが出来る。特に、テンポラリーな会場においては、華やぎの演出とともに可動式パーテーションとして簡便なことから(ヘリウムで浮かせれば、三次元を自由に区切ることが出来る)、僕も度々お世話になっている。
パーティーは、音楽や映像、スモークを交えたバルーンによる演出とともに、会場中を紙飛行機型のスチレンで出来たマンタが飛び交うことではじまった。フルコースのディナーの最中には、ファッションショーとコンテストの授賞式が行われ、フィナーレとなる会場装飾のパルーンを掲げてのダンス・タイム(会場は主催者によりバルーンには珍しい珊瑚とイソギンチャクを模した白一色のコンテンポラリーな装飾が施されていたのだが、それが手頃な大きさのパーツに分かれるようになっていることに、僕はこのときまで気付かなかった)がはじまると、ステージはお立ち台に、会場は巨大なディスコティクに化した。
僕は空間の人間だから、エンターテインメントにおける演出力を見過ごしがちなのだが、バルーン・デコレーションの業界がそちらに軸足を置いていることが頷ける見事なものだった。これだけ大掛かりなイベントをプロモーターも入れずに、企業協賛のみで、年に1度開催し続けるのは大変なことだ。
一方、コンテストには、エンターテインメント志向が強い分、空間の構成力に余力を感じた。文化的コンテクストが浅い(テーマ解釈が画一的で短絡的)、抽象表現に慣れていない・テクスチャーや色使いがファンシーに陥り易い・デザインに抑制がない(モダンとの相性が悪い)、立体性に欠く、といった傾向が課題として見受けられたが、それはそのまま伸びしろと言い換えてよく、次回開催以降のコンテストが、それらの課題の解決を促すものであることが期待される。事情を知らずに勝手なことは言えないが、個人的には、精神性を含んだ抽象的なテーマ設定(例えば「Japan Value」というような)、空間部門の新設(基準については是非ご相談頂きたい)、他分野のクリエイターとのコラボレーション(プロダクトデザイナー、建築家、彫刻家、ファッションデザイナー、映像作家)が実現したなら楽しい。そして、そのお手伝いならば出来るだろう。
いずれにしても、日本では新興のこの分野の技術的進歩は歴代の入賞作品を見れば一目瞭然で(今回の入賞作品にしたところで上記の課題に多少なりとも踏み込んだものだった)、バルーン・デコレーションのこれからが楽しみだ。
パーティーが終わると、みなとみらいを背に、山下埠頭とマリンタワーを視界の両端に置きながら山下公園をニューグランドに向けて歩いた。こう言ってしまえば陳腐な比喩にしか聞こえないが、山下公園には相変わらず10年前の自分と10年後の自分がいる。通りではフランス月間ということらしく、街路樹に取り付けられたトリコロールの電飾が淋しく瞬いていた。そして、僕はこんな歌を思い出していた。
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夜明けだね 青から赤へ 色うつろう空 お前を抱きしめて
別れるの?って 真剣に聞くなよ でも波の音が やけに静かすぎるね
色褪せたTシャツに口紅 泣かない君が 泣けない俺を 見つめる
鴎が驚いたように 埠頭から翔び立つ
つきあって長いんだから もうかくせないね 心に射した影
みんな夢だよ 今を生きるだけで ほら息が切れて 明日なんか見えない
色褪せたTシャツに口紅 黙った君が 黙った俺を 叩いた
仔犬が不思議な眼をして 振り向いて見てたよ
朝陽が星を塗りつぶす 俺たちを残して
これ以上君を不幸に 俺 出来ないよと ポツリと呟けば
不幸の意味を 知っているの?なんて ふと顔をあげて なじるように言ったね
色褪せたTシャツに口紅 泣かない君が 泣けない俺を 見つめる
鴎が空へ 翔び立つ 動かない俺たちを 俺たちを 残して
(『Tシャツに口紅』1983、詞:松本隆、曲:大瀧詠一、歌:RATS&STAR)
H.








