思い描く力
2008年6月24日 09:46 - cityside (life)
昨年のこと。自室に帰ってテレビをつけると社会問題を取り扱った特番の1コーナーとして、女優の宮崎あおいさんが途上国の一家を訪ねるというドキュメンタリーが流れていた。僕がつけたときには既にそのコーナーのエンディング近くで、彼女が旅の総括をカメラに向かって言うところだった。
彼女は、概ね次のようなことを言った。「お母さん(訪問した途上国の一家の母親)は、子どもたちに『夢なんか見ちゃいけない。どうせ現実との違いに悲しむだけだから』って言ってたけど、私は違うと思う。例えそのときだけだったとしても、夢を見てるときはきっと誰だって楽しいはずだし、それ以上の力があるっていうか......、夢を見ることは絶対にいけないことじゃないと思う。」
この後、映像はスタジオに切り替わり、世界には今日を生きるのに侭ならない人たちが大勢いるだとか、途上国の子どもの瞳がきれいでそれに比べて我々の瞳は濁ってるだとかという紋切り型の話がスタジオの司会者やコメンテーターによって交わされ、彼女のささやかなメッセージはそれ以上掘り下げられることはなかった。
僕が想像力を人間が有する代え難い権利だと考えていることは前にも書いた通りで、もちろん彼女の発言にも大いに賛同するわけだが、それに加えて、こうした場面で周囲の安直な流れを止めてまで、矛盾と迷いと不確定性に浮かぶ意志を示すことが出来る彼女の思考力と勇気に、スクリーンのなかの彼女の類い稀なリアリティの源を垣間見た気がしてハッとした、というかそういうことを思わせるほどにそのときの彼女の発言にはリアリティがあった。そしてそれ以降、僕は、彼女の発言が示唆するものと彼女の発言がスタジオで取り扱われなかったことが示唆するものについて、何度となく反芻することとなった。
それから1年余りが過ぎた先日、何の気なしに読んでいた『SWITCH』の7月号に、例のドキュメンタリー番組と符合する彼女のロング・インタビュー記事が載っていた。どうやら、彼女も考えつづけていたようだった。
「インドに行って、子供たちに将来何になりたいかという質問をした時に、皆あまり分からないんですよね。もしかしたらお医者さんになりたいとか先生になりたいとか、それぞれあるのかもしれないけれど、それを口に出すことが何になるんだろうと思っているのかもしれない。明日のことも分からないのに、未来を夢見て生活なんてしていられないんだろうなと感じたんです。だから、子供たちにもっといろんな未来を思い描けるような生活を送れるようになって欲しいと思います。そういうふうに自分の将来を願うことで、絶対その道に近づけるはずだから。人の思いって、すごく強いじゃないですか。"思えば叶う"って言うけど、本当にそうだと思う」(『SWITCH』2008年7月号より)
僕は、叶わなくてもいいと思っている。それは叶う叶わないの単純な二項対立の問題ではない、もっと芳醇なものだからだ。しかし、思い描くこと、精神の自由は何人たりとも邪魔は出来ない。そして、人間には他者のそれを侵害しない限りにおいて思い描いたものを実現すべくアクションを起こす権利がある。以前にも引用したが、武満徹さんのこのうたを再び記しておきたいと思い、僕はCDラックを探した。
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風よ 雲よ 陽光よ 夢をはこぶ翼
遥かなる空に描く 「希望」という字を
ひとは夢み 旅して いつか空を飛ぶ
風よ 雲よ 陽光よ 夢をはこぶ翼
遥かなる空に描く 「自由」という字を
(『翼』1982、曲、詞:武満徹、歌:石川セリ)
H.


