インドシナ半島の路上にて(3)
2007年12月 3日 09:35 - streetcorner (voyage)
南北統一から30年以上が経った今も、ホーチミン市にいると戦争のことを考えない訳にはいかない。そういう基底音のようなものが、この街には流れていた。統一会堂(トンニャット宮殿)。この場所がフランス植民、アメリカ進駐、ベトナム戦争、南北統一の舞台であり、象徴だった。
ホーチミンを訪れたのは初めてだった。クリスマス休暇でアメリカから戻る家族を待って空港に群がる人々、砂埃とその中を行く小魚のようなバイクの流れ、ツルハシで建物を解体する作業員たち。こういった風景をバスの窓の外に見ながら僕は随分とワクワクしたが、実際は2キロメートル四方に大抵のものが収まる、特に見るべきところのない小さな都市だった。インフラ整備が遅れているのは、共産党1党支配という印象からは程遠い権力分散型の強権的でない政府の性格によるところが大きいという話を聞いたが、人口ピラミッドが綺麗な三角形をしているわりに凶悪犯罪やそうした雰囲気が街にないのも(その代わりに軽犯罪の臭いがしない場所もないけれど)、民族性かもしれない。
僕たちが歩くようにバイクに乗り、手をつないだり腰を抱いたりするようにホーチミンの恋人たちはタンデムをして、街を彷徨う。「自転車の人は格好よくても結婚デキナイ。バイクの人は結婚デキル。車持ってる人は70歳でも3人愛人イル。」と現地人ガイドは言っていた。
郊外の工業団地に向う途中の道は舗装されてなく、両側には工業用部品だけでなく、建設用重機が奇妙な程にどっさりと置かれていた。日本や韓国の業者が置いて帰るのか、あるいはどこからか盗んで来るのか、売っているのだそうだ。
現地に住む知人とともに夜の街へ(ホーチミンの夜は意外に早く、10時には閉まる店が多い)。ヤギの焼き肉とビールが名物だ。/翌日、サイゴン川をクルーズの筈が、とんだお座敷船だった。魚の形をしたネオンだらけの船では、1500人の人々が鍋をつついていた。
工場のワーカー、オフィスのビジネスパーソンともに、マネージャー職の7割は女性だそうだ。日本人の工場長は「緻密な作業が得意で、勤続定着率が他のアジア諸国よりも良いのが特徴ですかね。向上心はあります。」と話してくれた。/日本でいうところの東京ミッドタウンや六本木ヒルズのようなトレンディーな(訴求力のある)オフィスビル。受給のバランスが悪く、賃料は日本の地方都市よりも高い。企業による一握りの優秀な学生の争奪戦は激しいらしく、オフィス内は大学の研究室のような雰囲気だった。
H.













