公共物になる
2007年10月24日 09:54 - creationside (art)
23日、アートラインウイーク2007の設置第1号作品となる
浅葉克己氏による稲田石の彫刻「石の卓球台」と「LOVE神社」を新田神社の境内に納めた。
早朝8時に茨城から運び込まれた2つの作品の設置が終わった頃には
既に陽は西に30度程傾いていて、
西日を映し込んだ花崗岩の塊は、来年で650周年を迎えるという神社に、
その昔から息衝いているかのように、しっかりと呼吸を始めていた。
彫刻家による彫刻が、全体性やヴォリュームといった体感を通して存在感を放つのに対して、
グラフィックデザイナーである浅葉氏の手による彫刻は、
二次元の現前性や細密なテクスチャーを活かすことよって、外界と見る者の内面に働き掛ける。
パブリックアートはホワイトキューブに置く作品と違って、
対象者に制約がない分、表現形態に対する自由度は極めて狭く、
その是非も多義的で答えのない場合が多い。
そんな中、パブリックアートに携わる1つの醍醐味が、この設置、
つまり、プライヴェートな作品が公共物になる瞬間、
不特定多数の人々の目や手に触れ、風雨にさらされ、血が通いはじめる瞬間にある。
そして、作品は街に暮らすひとり一人のものになるのだ。
少なくとも僕にとっては、そういった意味ではパブリックアートは建築物に近い。
H.





