空間の人
2007年9月21日 09:22 - creationside (architecture)
早いもので、5月末に始まった
森美術館による展覧会『ル・コルビュジエ展:建築とアート、その創造の軌跡』が、
今週末で、その会期を終えようとしている。
スポンサー企業や森美術館の方々から沢山の招待券を頂き、
オープニング・セッションにも伺ったにも関わらず、
ゆっくりと見る機会は結局は1度しかなかった。
オープニング・セッションの際、
槇文彦さんはギリシアの真っ白に塗られた街並の写真をスライドに映し、
「コルビュジエは、ヴァナキュラーな建築家だったと思うんですよ。」とおっしゃった。
ミース・ファン・デル・ローエを念頭に置いてのことだろう。
また、青木淳さんは「ポエジーやエスプリが宿る部分」、
千葉学さんは「彫像的な造形」とおっしゃっていた。
言わずと知れた20世紀の里程標であるル・コルビュジエについて、
それ以上に何かを述べることは、
ましてや、建築の専門教育を受けたことのない僕にとっては難しい。
(だからこその里程標なのだ。
パブロ・ピカソや、マイルス・デイビスや、ジャン=リュック・ゴダールと共に。)
昨年の8月、初めてマルセイユのユニテ・ダビタシオンを訪れた。
不案内で首を傾げるタクシー・ドライバーをよそに、すぐにそれとわかった。
大地の解放というに相応しい、
まさに大地から人工の大地を切り離して支えるだけの
圧倒的な力感を感じさせるピロティの支柱。
極めて方法論的なプレファブリケーションの結果であるにも関わらず、
緊張感に充ちて且つ有機的な、黄金分割によるプロポーション。
コルビュジエ特有の視線の誘導と細部にまで詩情が宿る、彫刻のように展開される屋上庭園。
ヴォリュームとしか言いようのない芳醇なヴォリューム。
とにかく、その圧倒的な大きさと重量感にも関わらず、
少しも威圧的でなく、限りなく人間的なその記念碑の残像と、
それを取り巻く薄らと曇ったマルセイユの空と海が、
僕の頭から離れることは、今も今後もありそうにない。
「私は空間の人間であり、それはただ精神的のみならず肉体的にもそうであって、私は飛行機や船が好きだ。私は海や海岸や平原を山より以上に好きだ。」 (ル・コルビュジエ)
H.



