渚のセンター・コートにて
2007年9月18日 09:18 - seaside (beach)
ビーチカルチャーの振興と、
オリンピックを含む国際大会用の会場の確保というミッションで、
ビーチバレーボールの現場と関わる機会に恵まれたことは、
高校時代にひと夏鵠沼海岸で過ごした者としては、とてもラッキーなことだ。
というわけで、日曜日にお台場の仮設コートで炎天下の中開催された
ジャパンビーチバレーボールツアー・東京オープンの決勝に行って来た。
ビーチバレーは、インドアの日本代表として活躍した知名度の高い選手や、
雑誌のグラビアを賑わせている人気選手がいるとはいうものの、
常設の練習用コートが国内に数カ所しかない等、お世辞にも恵まれた環境にあるとは言い辛い。
しかし、代理店やプロモーター主動の興行という道を、
今は選択していないビーチバレーの試合では、だからこその魅力に数多く触れることが出来る。
まずは、客席が近い。それから、ボランティア・スタッフ中心の運営が、
プレーヤー、スポンサー企業、スタッフ、観客に一体感を与えている。
そして、その中にあって、何よりも各プレーヤーがジェントルマンライクだ。
この日、最も印象に残ったのは、
ベテランの高尾和行選手がボランティアのボール・ガールからボールを渡される度毎に、
丁寧に「ありがとう。」と声を掛ける姿だった。
ビーチスポーツやストリートスポーツのような体育協会から離れた新興のスポーツは、
他の分野との緩い繋がりの中で、
生活文化としての総合的なマーケットを築いてゆける可能性がある。
ファッションにおいて、クラブシーンにおいて。
日本ビーチ文化振興協会副理事長の吉澤裕子さんは
「海外では、バレーより前にビーチバレーを、サッカーより前にビーチサッカーを、
バスケットより前にストリートバスケットを、子供の頃から生活の中で楽しんでるのよ。
日本とは逆。だから、強いの。」とおっしゃっていた。
この国でストリートやビーチにおけるカウンターカルチャーが育たない要因は複雑で、
それは、ポリティカルバリアや産業構造だけの問題ではない。
しかし、ローティーンの頃に初めて訪れて衝撃を受けたL.A.のビーチの楽しさを
忘れることが出来ない僕もまた、
東京湾岸におけるビーチカルチャーの定着を夢見る1人であることは確かだ。
次は、スタッフかプレーヤーとしてセンターコートに立っていたい。
日本ビーチバレー連盟会長の河合俊一さん、日本ビーチ文化振興協会理事長の瀬戸山正二さん、
ご好意に感謝します。
写真は、エキジビション・マッチで、
小学生チーム相手に大人気なくスパイクを決めるチャーミングな浅尾美和選手。
(ちなみに、関係者以外は申し訳ないけれど撮影禁止だそうです。)
H.



